塩見知之テンペラ画 中世彩飾写本細密画
ジオット作
「玉座の聖母子と二天使」フィレンツェ、1290-95/模写
制作者:塩見知之
絵 画:金箔と卵黄テンペラ
額 縁:絵画と一体型の金箔仕上げ
巨匠ジオットの初期テンペラ画の傑作、後の「オニサンテの聖母」の先取り的作品。最初、フィレンツェのサン・ジョルジオ・アッラ・コスタ聖堂の祭壇画として制作されたが、
1705年聖堂改築の際に祭壇の両側と下部が切断され、中心部のこの部分だけが現存している。現在、フィレンツェのサン・ステファノ聖堂に所蔵。この作品は2008年、日本でも公開された。
2012年6月4日(月)〜6月9日(土)
午前11時〜午後6時
最終日午後5時
日本英文学会、日本中世英語英文学会、日本比較文学会などに所属する研究者と
して 長年にわたり、中世ゴシック絵画などの学術研究に携わられてこられた塩
見知之氏。(1937年生まれ 大正大学名誉教授)
ドウッチョ『聖母子』『受胎告知』『ペテロとアンドリューの召命』『キリスト
とサマリアの女』シモーネ・マルティーニ『聖家族』『聖母子』『ゴルゴダへの
道』ジオットー『カナの結婚』『聖母子と二天使』・・・一般の画家の方とはま
た異なる視点から、テンペラ黄金時代の作品に、アプローチし制作した24点を
展覧いたします。
【絵画のジャンルの中で私が最も興味をもったのは中世のテンペラ画です。中世
絵画への興味は1989-1990年、ケンブリッジ大学留学時代にさかのぼります。留
学中はケンブリッジ大学図書館写本室、オックスフォード大学ボードリアン図書
館写本室、ロンドン大英図書館写本室で中世絵画、中世彩色写本の挿絵を研究
し、帰国後『中世ゴシック絵画とチョーサー』(高文堂出版社、2005)を出版し
ました。中世絵画の理論についてはかなり専門的に研究したので、中世絵画の内
容や技巧については十分理解できましたが、実際に描くのは初めての経験で、工
房LAPISで筒井祥之氏より毎週(土)にテンペラ画の描き方、額縁の制作方法を
学び、毎日、自宅で朝から晩まで真剣にテンペラ画を描きました。
私はテンペラ画を描くために2008年にロンドンの国立美術館 (National
Gallery)、リバプールのウオーカー美術館(Walker Art Gallery)、シエーナの国
立美術館(Pinacoteca Nazionale)、フィレンツェのウーフィツィ (Uffizi) 美術
館へ行って、テンペラ画をつぶさに見てきました。そのとき、フィレンツェの画
商ゼッキ(ZECCHI)でテンペラ画作成に必要な顔料や筆など画材一式購入しました。
テンペラの語源は「まぜる」という意味で、顔料とメヂウムの鶏の卵の黄身を
混ぜて描写することに由来します。テンペラ画の魅力は何といっても発色の美し
さです。中世時代はすべて天然の顔料が使用され、例えばマリアの衣装の青の顔
料ラピスラスラリーは、当時、金と同じ価格でした。このような高価な顔料を使
用することはマリアへの信仰の表明でしたが、500年以上経った今でも美しい色
を保っています。またテンペラ画は別名黄金背景テンペラ画と言われ、背景に金
箔が施されました。金は聖なるものとされ、マリアやキリストの後光や衣装に金
箔が使用されました。大聖堂の中で灯された蝋燭の明かりで金箔は神々しさを増
し、人々はマリア信仰を深めたのでした。
テンペラ画は西洋ではイタリアのシエーナで大聖堂の祭壇画として発達しまし
た。シエーナの代表的画家ドウッチョはシエーナ大聖堂の祭壇画を手がけまし
た。彼の弟子にシモーネ・マルティーニがいます。またフィレンツェではマル
ティーニと同時代にジオットーが活躍しました。私が制作した大部分のテンペラ
画はこの3人の画家の作品です。これらはテンペラ画黄金時代(13-14世紀)の作
品です。
シエーナで発達したテンペラ画はフィレンツェへと伝わり、ここでルネッサン
スが興ります。ルネッサンスは中世の神中心の時代から人間中心の時代へと変化
した時代で、聖なるものの象徴であった金は使用されなくなりました。初期ル
ネッサンス時代には顔料も使用されましたが、盛期ルネッサンス時代には油絵の
具が使用されるようになりました。 ルネッサンス最大の発見は遠近法の発見
であり、この時代に絵画技術が飛躍的に進歩しましたが、遠近法を知っている私
たちにはかえって遠近法のない中世絵画に魅力を感じます。イギリスのラファエ
ル前派画家がルネッサンス画家ラファエルより前、つまり中世絵画に興味を持っ
たのはそのためです。
私も最高の絵画は中世時代のテンペラ画であると信じ、今回24点制作展示しま
す。その内、21点は自宅で制作、2点は工房LAPISで制作、1点はシエーナ在住の
画家から購入したもの(額縁は工房で制作)です。
展示作品の内容は第一部:聖母子、第二部:キリストの生涯です。
1つ1つ精魂込めて制作しましたので、ご高覧賜れば幸いです。(塩見知之)】
羊皮紙に挑戦
第二回(2012年6月展覧会)の御案内文はこちらからになります。
【前回(2010.6)はテンペラ画24点制作展示しましたが、今回(2012.6)は
Simone Martini, The Annunciation and the Two Saints; Giotto, Madonna in
Majesty; Fra Angelico, Cortona Polyptych などテンペラ画8点に加えて、Book
of Kells, Queen Mary Psalter, Troilus and Criseyde, Romance of the Rose
など小生のライフワークであった中世彩飾写本の細密画24点制作展示します。
今回、テンペラ画制作に当たり、8点の実物を見るために2011.3 イタリアへ行っ
て来ました。特に、フラ・アンジェリコのテンペラ画を見るためコルトーナに初
めて行きました。
中世彩飾写本については、ケンブリッジ留学時代、中世美術を専攻、ケンブリッ
ジ大学図書館、オックスフォード大学ボードリアン図書館、ロンドン大英図書館
の各写本室で中世彩色写本の挿絵を研究しました。
最も思い出深いのは1989年ケンブリッジ大学コーパス・クリスティ・コレッジの
Parker’s Libraryで見たChaucer, Troilus Criseydeの写本の口絵です。この写
本には口絵の他に94点の挿絵が描かれる予定でしたが、制作されたのはこの口絵
だけで、あとは空欄のままになっています。小著『中世ゴシック絵画とチョー
サー』でこの写本は誰が、いつ頃、誰のために制作したかについて論じておりま
すので、ご一読賜れば幸いです。この口絵はすばらしい細密画で、最初見た時、
金が盛り上がる程使用されていると思いましたが、写本制作法を学んで、これは
金箔盛上げの技法で制作されていることが分かりました。当時はこの口絵を自分
で制作するとは夢想もしなかったのですが、今回この口絵を制作して、この写本
が如何に大変な手間と費用をかけて制作されたか、よく分かりました。工房で最
初に手掛けた中世彩飾写本はこの口絵でしたが、この細密画の完成には1年半の
歳月がかかりました。
もう1つ思い出深いのは、大英図書館で見たQueen Mary Psalterです。これは、
イギリス彩飾写本史上、最高峰ともいえる傑作で、是非手掛けたいと思い、6点
の細密画を制作しました。またオックスフォード大学ボードリアン図書館写本室
で見たMadonna and Child, Romance of the Roseの細密画も制作しました。
1989年以来彩飾写本の研究を続け、その成果は独立行政法人日本学術振興会の学
術出版助成を得て、上記『中世ゴシック絵画とチョーサー』(高文堂出版社、
2005)を出版するなど、中世絵画の理論についてはかなり専門的に研究したの
で、中世絵画の内容や技巧については十分理解できましたが、実際に写本の細密
画を描くのは初めての経験で、2010.4より工房LAPISで主宰者、筒井祥之氏より
細密画の描き方を学び、毎日、自宅でも制作しました。