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1910年の書簡

artscene2014-07-31


Mainichi

 夏目漱石(1867−1916年)が、新潟県に住む女性に宛てた手紙が見つかった。懸賞小説に落選した女性に対して師弟関係のあり方を説き、

 
 「大坂の小説は御落選だそうです(略)当撰したつて別段名誉でもありません」

 「夏目さんの弟子になつても利益がなからうと云つた人の言は真面目な助言なのでせう。真面目な助言を怒るものではありません。取捨はあなたの権利にある事です」

 「取捨はあなたの権利にある事です」

 「御弟子になるのは私の書きぶりを真似る為ではありません」


 と個性を磨くように励ます内容。当時、胃を患って入院中だった漱石の真筆である。

 
 漱石研究家の秋山豊さん(岩波書店の元編集者)

 「筆跡も文面も漱石に間違いない。この女性は弟子というより愛読者の一人だろう。一般的には気難しいと思われがちだが、実は常に親身だった漱石の面目躍如だ」

 「『それから』の代助が三千代に愛を告白する前段の『最後の権威は自己にあるものと、腹のうちで定めた』を彷彿とさせる。表現者としての出発点を伝えたかったのではないか」



 手紙は、美術批評家の海上(うながみ)雅臣さんが今年5月、新潟県の古美術商から購入した。日付は1910(明治43)年12月6日で、宛先は現在の新潟県長岡市の「曹泉寺 長谷川達子様」。1910年7月の漱石の日記には、長谷川が見舞いに訪れた記述があり、面識はあったようだ。1910年1月3日、大阪朝日新聞(当時)が1万号を記念して文芸作品を募集。長谷川はこれに応募したとみられ、07年に朝日に入社した漱石が審査委員を務めていた可能性がある。
 
 長谷川について、曹泉寺の鈴木道雄住職は「当時は寺に住み込みで、台所などで働きながら修行している人が複数いたと聞く。その一人ではないか」と話す。

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