Artscene 芸術の風景 -アートシーン 展覧会情報

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保険料軽減し鑑賞機会拡大

artscene2011-12-28



産経新聞 12月28日(水)

ジャクソン・ポロック 「インディアンレッドの地の壁画」

1950年・テヘラン現代美術館

名古屋市愛知県美術館 


海外から借り受けた美術品が破損したり盗難にあった際、国が損害の一部を補償する展覧会美術品損害補償法が2011年6月に施行された。初適用となる「ゴヤ 光と影」展(東京・国立西洋美術館)と「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」(愛知県美術館など)が開かれている。海外名品を目玉にした展覧会はこれまでも頻繁に開催されてきたが、この国家補償制度が重要になってきている理由は、日本人が世界的に見ても展覧会好きの国民であることによる。英美術紙「アート・ニュースペーパー」によると、昨年の展覧会入場者数(1日当たり)の世界トップ10に「長谷川等伯展」(1位)、「オルセー美術館展」(2位)など日本の展覧会が4つも入った。しかし、美術館関係者らは近はなかなか意義のある美術展を開けないと嘆く。


 
 博物館と美術館が開く展覧会の多くはテレビ局や新聞社との共催だが、景気低迷でマスコミ各社も余裕がなくなり、確実に観客数が見込める企画に偏ってしまう。ここ数年、印象派の展覧会が目立つ理由でもある。


 そこに美術品保険料の高騰。展覧会主催者は万が一に備えて保険に加入するが、米中枢同時テロ(平成13年)などを機に、以前の約2倍−美術品の総評価額に対し0・25%程度にはね上がった。しかも近年は新興国で美術品への関心が高まり、美術品評価額自体が上昇。数億円の保険料が重荷となって開催を断念するケースもある。


 国はようやく文化振興策として美術品の国家補償制度を整えた。盗難や破損など通常は50億円を超える損害、テロや地震の際は1億円以上の損害を補償する。いずれの場合も国の負担額上限は950億円。欧米主要国では1970年代からこうした国家補償制度の導入が始まっており、主要8カ国(G8)で制度がないのは日本とロシアだけだった。


 申請された展覧会の審査は主に、文化庁文化審議会美術品補償制度部会で行われる。部会メンバーであり、ゴヤ展の企画者でもある国立西洋美術館の村上博哉学芸課長によると、

(1)施設(温度・湿度の管理や防犯・防災体制など)がしっかりしているか


(2)展覧会内容や趣旨


(3)美術品の輸送・搬入に問題はないか


 などをチェック。美術品評価額に関しても、オークション価格などと照らし合わせて妥当性を判断するという。


 実際、国と損害補償契約を結んだゴヤ展では、保険料数千万円分が節約でき、そのぶん警備強化などに回せた。東日本大震災後、日本への作品貸与を敬遠する海外美術館もあったが、『着衣のマハ』など快く名品を貸してくれたプラド美術館(スペイン)にとっても、(国家補償は)安心材料になったと村上課長はみる。また、冬休み期間(12月20日〜1月9日)は高校生の入場料を無料化し、サービスにも一部還元している。


 採算面からやりにくかった展覧会もできるかもしれないし、多種多様で幅広い鑑賞機会が増えることは、国民にとっても利益になると村上課長は話している。



 ■地方の適用拡大が課題

 
 美術品損害の補償を受けられるのは、国立博物館・美術館だけではなく地方の公立美術館、全国の私立美術館の大半がその対象になる。海外美術品を集めた質の高い展覧会を、広く全国で鑑賞できるよう国が支援するのが制度の目的だが、適用を受けるのは当面、大都市の展覧会に集中することが予想される。


 国立西洋美術館の村上学芸課長は「美術品総評価額が50億円以上の展覧会を開くのは、地方美術館にとってかなりハードルが高い」と話す。『広く全国で鑑賞機会を作る』という制度趣旨に沿うよう、せめて10億円程度に引き下げる要望がある。全国美術館会議(全国364館が加盟)としても、見直しを国に訴えていきたいという。