Artscene 芸術の風景 -アートシーン 展覧会情報

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7月19日 13:20 テレビ朝日の「徹子の部屋」

絵画保存修復家 岩井希久子がゲストで出演。


岩井 希久子(いわい きくこ、旧姓:高浜、1955年〈昭和30年〉 - )

日本の絵画修復家、(有)IWAI ART保存修復研究所 代表取締役

http://www.nhk.or.jp/professional/2010/1122/



海外の美術館からも、その腕を高く評価される岩井。特に、評価が高いのが、絵の具がはがれた部分に色を補う「補彩」の技術だ。補彩に要求されるのは、周囲の色との完ぺきなマッチング。後から手を加えたことが分かるように、合成樹脂の絵の具を使って、違和感のない発色を作り上げていく。



この時岩井が考えるのは、単に「はがれた色がどんな色か」ということだけではない。その画家がどんな技法で描いたのか、そして、画家がどんな思いで描いたのかにまで、思考を巡らせていく。岩井が目指すのは、画家の「心」を再現することなのだという。画家がなぜそうした筆づかいを残し、そうした色を使ったのか。岩井は観察に観察を重ねて、探っていく。岩井にとって、修復とは、色を合わせる機械的な作業ではなく、作者の思いに出来る限り寄り添うものなのだ。



画家の心を再現するにはどんな色がいいのか探る
家事との両立、完璧(かんぺき)を求めるのはやめよう



岩井には、仕事人としての顔のほかにもう一つ、二人の娘を持つワーキングマザーとしての顔がある。娘たちが幼いころは、仕事と家庭の狭間で悩み続ける日々が続いた。
絵画修復という責任重大な仕事を精一杯やり遂げたい。その一方で娘たちとの時間もしっかりとってあげたい。そして、夫のために家事も完璧にこなしたい・・・。



だが、睡眠時間をけずり、いくら頑張っても完ぺきにできない。そんな自分が許せず、責め続けた。
そんな思いを吹っ切れるようになったのは、40才を過ぎてからのこと。悩み抜いた日々の末に、一つの考えに至った。
「すべてに完ぺきを求めるのは、ムリだ。」 
家の掃除が完ぺきに行き届かなくても、3度の食事をすべて作れなくても、仕方がない。その代わり、範囲を決めて全力でやる。出張先からは必ず朝晩2回、子供たちに必ず電話を入れる。そして、運動会などのイベントの時は、仕事がどれだけ忙しくても、絶対にお弁当を作る。そして、家事や育児が完ぺきに出来ない分、仕事はとことんやり抜く、そう割り切ったのだ。


やがて岩井は、ゴッホの「ひまわり」やモネの「睡蓮」など、世界的な名画の修復を手がけるようになる。それは、夫や子供の理解に支えられての大仕事だった。
そして今、うれしいことがある。近所の人に預けてばかりだった2人の娘たちは、立派に成長した。それだけではない。長女は絵画修復家になりたいと言い、岩井の仕事を手伝っている。そして次女も、同じ美術の道を学びたいとロンドンに留学した。
精一杯子供たちに注ぎ続けた岩井の思いは、娘たちにしっかりと伝わっていた。



多忙を極める岩井にとって娘たちとの時間は宝物

作品は、どうしてほしいのか

この夏、岩井はピカソの名画の修復にとりかかった。描かれてから80年以上が経過し、キャンバスにたるみが出ているためだ。修復のためには、麻のキャンバスを一度古い木枠からはずし、周囲から引っ張った上で、新しいパネルに張り替えるという、大がかりな処置が必要だった。だが、経年変化で、キャンバスは劣化が進み、ボロボロになっていた。しかも、生地は極めて薄い。引く力を加えれば、たちまち裂けてしまう危険があった。
だが、劣化が進む名画をそのまま放置するわけにはいかない。極限の緊張の中で、岩井は、修復を始めた。
自ら考案した特殊な器具を駆使し、さらに湿度を1%以下の単位で調整しながら進む、修復作業。たるみを完ぺきにとるためには、少しでも強く引っぱることが必要。だが、わずかでも力が強すぎれば、絵が裂けてしまう。ぎりぎりの狭間で、岩井は葛藤を続けた。


今生きている自分たちが死んだ後も、何百年も受け継がれていくであろうピカソの名画。その絵にとって一番必要なことは何なのか?絵に語りかけ、自問自答を繰り返しながら、岩井は覚悟の決断を下した。



作品をとにかく一番に考える姿勢が岩井の真骨頂だ
プロフェッショナルとは…画像をクリックすると動画を見ることができます。
本当に自分の仕事に対して、強い愛情と強い責任感がないと、プロとはいえないって私は思ってて、そういうふうな姿勢で自分の仕事に臨んでいきたいなっておもうんですけど




The Professional's Tools(プロフェッショナルの道具)
岩井が使う修復道具は、多岐にわたる。種々の化学薬品、医療用メスから始まり、町で見かけて購入した民芸品の竹ベラ、食パン、消しゴムに到るまで、使えると思えば、なんでも応用して使いこなす。道具を選ぶ最大のポイントは、「作品にとって優しいかどうか」ということ。手間と時間をかけることを惜しまず、作品のオリジナリティが守られることを一番に考える岩井の姿勢は、お気に入りの仕事道具の種類にも現れている。


作品のためには、手間と時間は絶対に惜しまない

恐れながら、愛す

岩井は修復に取りかかる前に、徹底して絵を観察する。その際にまず、絵を修復することの恐怖を、積極的に感じるように努める。一度手を入れ始めたら、後には引けない修復作業。その前に徹底して、失敗の恐怖を体に刻み込むのだ。と同時に、絵を徹底して慈しみ、愛する。絵のすばらしい実感を肌で感じとる。絵との距離を縮めることで、恐れを抱きつつ、修復する覚悟を決めるのだ。
単に機械的に手を加えるのではなく、絵に感情をこめながら修復することが、良い修復につながると岩井は信じている。