江戸東京博物館
両国駅前の江戸東京博物館で開催されている「世界遺産 ヴェネツィア展」で展示中の「二人の貴婦人」は謎に満ちている。ルネサンス時代に活躍したベネチアの画家、ヴィットーレ・カルパッチョの作品である。描かれているのは腰をかけている2人の女性。ブロンド髪に帽子をかぶり、華麗な衣服をまとった姿は上品である。この2人の視線がなぜか絵の外に向けられている。
「ルネサンス期のベネチア絵画の中で最も名高く、広く愛される絵」(ジャンドメニコ・ロマネッリ 前ベネチア市立美術館群総館長)
この絵は過去に上部が切られている。分かったのは1963年。ベネチア絵画の研究者が確認した。男たちが舟をこぎ出して鳥を捕る場面を描いた「潟(ラグーナ)での狩猟」で、ポール・ゲッティ美術館(米ロサンゼルス)が所蔵していた。1944年、ローマの古美術店に、ほこりだらけで飾られていたのを若い建築家が購入。その後、コレクターらを経て、アメリカに渡ったという。
「潟(ラグーナ)での狩猟」を上に置くと、絵柄がぴったりとつながる。「二人の貴婦人」では、途中で切れたようになっていたユリが1本の花になることや、サイズも木の材質も同じだった。いつ、誰に、どのような理由で切断されたかは分からない。
「切断」の事実が判明するまでは、2人の女性は貴婦人ではなく高級売春婦とされていたが、衣装といい、顔立ちといい、気品にあふれ、とてもそうはみえない。しかし、婦人の前方にあるかかとの高いサンダルは、そういった女性がよく履いていたことや、胸の開いたドレスから、そうみなされていた。
ただ、同一作品と分かってから、身分は一転。「潟(ラグーナ)での狩猟」に描かれたユリが純潔を意味することから、夫の帰りを待つ貞節で身分の高い女性となった。一枚の絵の発見で絵の解釈、見方は百八十度変わってしまう。
また、画面左端の描写が不自然であるが、画面上部の左端の少年の胴体の一部が切られ、下部の犬は頭と前足しか描かれていない。しかも、2人の婦人の目線は画面の外に向けられている。左側にも絵が存在するのかもしれない。
九州大の京谷啓徳准教授はもし左側に結びつく絵があったら、歴史的な大発見になるという。
ヴィットーレ・カルパッチョ
「二人の貴婦人」1490-95年頃
【プロフィール】 ヴィットーレ・カルパッチョ
1460年か65年頃生まれ。1525年か26年に逝去。ベネチア生まれ。風景画を得意にしたベネチア派の画家。9枚の絵画の連作「聖ウルスラ物語」で知られる。油絵の具で描かれた作品は鮮やかな赤い色彩が特徴。牛の生肉を使ったイタリア料理のカルパッチョは、彼の絵の色彩に由来しているという説もある。
「水の都」「アドリア海の女王」などと呼ばれ、訪れる人々を引きつけてやまないイタリア北東部の都市、ベネチア。サン・マルコ広場の鐘楼の壁など街を歩くと、いたるところで翼を持つライオンを目にする。彫刻、レリーフ、絵画などはベネチアの守護聖人である聖マルコの象徴である。828年、ベネチアの商人がエジプトのアレクサンドリアから聖マルコの聖遺物を運んできたことにより守護聖人となった。
ライオンを描いた中で、最も有名なのがカルパッチョの「サン・マルコのライオン」(1516年)。前足が陸、後ろ足が海に置かれ、当時のベネチアの支配が陸にも海にも及んでいたことを暗示している。
干潟の上に築かれた都市は、13世紀から15世紀まで貿易で栄え、屈指の海軍力をもった都市国家だった。そのためベネチアの支配を受けた周辺地域にも有翼のライオンを見かけることができる。
カルパッチョやティントレット(1518〜94年)など15〜19世紀にベネチアで活躍した画家の絵画など約140点。
江戸東京博物館
12月11日まで。月曜休館。
問い合わせ
Tel 03・3626・9974
一般1400円