複製されたイセキ能面。
「大天神」を持つ能面師の伊庭貞一さんと、「茗荷悪尉」を持つ浅井節男(七条町まちづくり委員長)。二面は七条会館に展示。
長浜市元浜町の「今重屋敷能舞館」などで能面制作を指導する能面師の伊庭貞一さん(62、東近江市)。七条町の足柄神社に伝わる能面二面の正確なレプリカ制作を依頼され、3Dプリンターを活用して「七条町まちづくり委員会」に寄贈した。
室町時代から「能面打ち御三家」の一つとして活躍した近江井関家の二代目、次郎左衛門親政が制作した「茗荷悪尉(みょうがあくじょう)」と「大天神」の二面。伊庭さんはかつて長浜城歴史博物館に寄託されている本物を見て自身の解釈で復元を試みていた。
立体写真造形(3DPF)技術で立体複製などを手掛ける会社「REAL―f」(北川修代表、大津市坂本)が、本物の面から三次元データを解析・収集し、1年以上かけて細部や質感が本物そっくりの複製を完成させた。制作費はおよそ百万円。今回、伊庭さんの監修のもとで完成にこぎつけた。
伊庭さんは、能面のルーツの七条町に対して能面の寄贈を3年ほど前から打診。能面彫刻師の一族、近江井関家は、初代の上総介親信から三代目までが七条町に住み、独創的で完璧な造形力で名声があった。
四代目の河内大椽(かわちだいじょう)家重が徳川家から「天下一」の称号を受け江戸に移住。弟子の大和真盛らに技が伝授され井関家の伝統は江戸に移されたが、傍系の能面打ちらが七条町で活躍。乗馬の鞍、獅子頭、欄間彫刻などを手掛ける彫刻家集団を形成していた。
長浜曳山まつりの曳山製作を数多く手掛けた藤岡和泉も同家の門人で、七条町の住民が能楽に親しむ伝統はテレビなどが普及し始めた昭和三十ごろまで続いていた。
足柄神社の春の大祭では、井関家の能面「尉(じょう)」と「姥(うば)」をつけた役者が神輿(みこし)を出迎える伝統の様式が現在も続いている。