Artscene 芸術の風景 -アートシーン 展覧会情報

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国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

artscene2014-03-11

国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

http://www.nact.jp

〒106-0032 東京都港区六本木7−22−2
03-5777-8600

中村一美展

《存在の鳥 107(キジ)》
2006年
アクリリック/綿布
260.1×190.8 cm
東京国立近代美術館

《北奥千丈》
1985年
油彩/カンヴァス
400×138 cm
作家蔵(いわき市立美術館寄託)

《オレンジ・プレート》
1986年
油彩/綿布
240×180 cm
国立国際美術館


1980年代初頭に本格的な絵画制作を開始した中村一美(1956生)は、同世代の中でも、もっとも精力的な活動を展開してきた現代美術作家・画家の一人です。
―絵画は何のために存するのか。絵画とは何なのか。中村は、この疑問に答えるために、ジャクソン・ポロックマーク・ロスコ、バーネット・ニューマンなど、西欧のモダニズム絵画の到達点とみなされていた戦後アメリカの抽象表現主義絵画の研究から出発し、彼らの芸術を乗り越える新たな絵画・絵画理論を探求します。中村が特に参照したのは、日本の古代・中世絵画、中国宋代の山水画、朝鮮の民画など、東アジアの伝統的な絵画における空間表現や、形象の記号的・象徴的作用でした。また中村は、絵画の意味は別の絵画との差異の中にしか存在しえないという認識に基づく「示差性の絵画」という概念を、すでに1980年代に提出しています。それゆえその絵画は、同じモティーフに拠りながらも、つねに複数の作品が差異を示しながら展開する連作として制作されてきました。「存在の鳥」連作に代表される近年の絵画では、象形文字を思わせるマトリクスに基づきながら、多様な色彩や筆触や描法を駆使することで、抽象とも具象とも分類できない、新しいタイプの絵画の創造に取り組んでいます。
展覧会では、学生時代の習作から最新作「聖」まで、およそ150点の作品によって中村一美の絵画実践の全貌を紹介するとともに、2010年に構想されながら実現を見ていない、斜行グリッドによるウォール・ペインティングを初めて公開いたします。日本の現代絵画・現代美術の、到達点の一つを確認する絶好の機会となることでしょう。



中村一美略歴
1956年千葉県生まれ。東京芸術大学大学院修士課程修了(油画専攻)。1980年代始めより発表を開始した中村一美は、最初、「Y型」と呼ばれるY字形のモティーフによる表現主義的な絵画作品によって注目された。続いて、「斜行グリッド」、「開かれたC型」、「連差−破房」、「破庵」、「採桑老」、「織桑鳥(フェニックス)」などのシリーズを相次いで制作、今日における絵画空間とその意味性についての探究を、精力的かつ持続的に展開しており、その制作点数も、絵画だけで1200点を超えている。国内では、現代日本を代表する画家として数多くの個展・グループ展に参加し、主要な美術館に作品が収蔵されている。美術館での個展としてはセゾン現代美術館(1999)といわき市立美術館(2002)のものがある。海外での紹介も、「ユーロパリア・ジャパン’89」(1989)や北欧を巡回した「ジャパン・アート・トゥデイ」(1990-91)に始まり、近年では特に韓国や中国など、東アジアでの発表が多い。また、自らの絵画制作についての理論的なものを中心に著述も多く、『透過する光 中村一美著作選集』(2007、玲風書房)にまとめられている。



会期
2014年3月19日(水)〜5月19日(月)
毎週火曜日休館 ただし、4月29日(火)および5月6日(火)は開館、5月7日(水)は休館
開館時間
10:00〜18:00 金曜日は20:00まで


入場は閉館の30分前まで。


会場
国立新美術館 企画展示室1E


〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
主催
国立新美術館
観覧料(税込)
当日
1,000円(一般)、 500円(大学生)





《採桑老67(黄瀬萢の翁)》
2001年
アクリリック、水彩、小石/綿布
290×250 cm
個人蔵

《死を悼みて濡れた紫の水瀬に立つ者》
2001-02年
アクリリック/綿布
290.3×240.2 cm
財団法人セゾン現代美術館蔵

《織桑鳥IV(フェニックスIV)》
2002年
アクリリック、土、メッキ箔/綿布
300.1×240.2 cm
作家蔵

《存在の鳥 239(ルリビタキ)》
2008-09年
アクリリック/綿布
292.2×218 cm
宇都宮美術館蔵



第I部

空間としての絵画
――Y型/斜行グリッド/開かれたC型
1980年代はじめから本格的な絵画制作をはじめた中村一美が、最初に注目されたのは、大胆な筆触によって縦型の画面いっぱいにY字形の形象を描いた絵画作品でした。この「Y型」のモティーフは、長方形の画面を規定するきわめて単純で抽象的な形であるとともに、樹木―とりわけ桑の木―の形象としての意味も込められていました。絹を生みだす蚕の餌である桑は、日本の文化や風土を暗示するとともに、母方の実家が養蚕農家であった中村自身のアイデンティティを支えるものでもあります。
 続く「斜行グリッド」連作は、「Y型」を連続的に重ねることによって形成されています。『紫式部日記絵巻』における蔀戸の表現など、日本の古典的な絵画に見られる空間表現を参照し、一カ所に焦点を結ばない、水平方向に次々とずれていく、特異な空間性が実現されており、海外でも高い評価を得ました。
 「開かれたC型」連作は、弧線を取り入れることによって空間的なヴォリュームを生みだし、この「斜行グリッド」の絵画空間に破調をもたらすことを試みたもので、1990年代以降のダイナミックな画面を準備しました。



第II部

社会意味論(ソーシャル・セマンティクス)としての絵画
――連差―破房/破庵/採桑老/死を悼みて
1990年代に入る頃から、中村は絵画の社会性について深く考えるようになります。冷戦終結後の流動化する国際情勢のなかで、絵画の意味やあり方を思索する中村がめざしたのは、資本主義市場経済システムとナショナリズムや宗教の対立が複雑に絡み合い、人間疎外が苛烈化していくこの世界を表象し、批判する絵画構造の実現でした。
 「連差−破房」は、室町(南北朝)時代の寺社縁起絵『清園寺縁起』に見られる不統一な建築表現の共存を参照した連作です。これまでの中村の作品とは異なって、空間の整合性を意図的に破綻させた絵画には、不穏な力動感がみなぎっています。続く「破庵」は、斜行グリッドの空間性を三次元に展開することによって、この方向性をさらに進めた連作で、山頂にたたずむ破れた避難小屋、「全ての破れた構築性についての絵画」(中村一美)という性格を併せ持っています。
 「採桑老」は、雅楽舞楽曲の名ですが、これを舞うと死期が近づくという不吉な伝承があるため、舞う者はほとんどいないと言われています。柔らかな舞人の姿を連想させる画面では、翁や聖などの東洋的な老賢者のイメージが、Y型に始まる直立した樹木の形象と結びつけられています。「死を悼みて」においては、この世界のすべての死者たちに捧げられた哀悼と鎮魂を、絵画として実現しようとしています。

第III部

鳥としての絵画
――織桑鳥/存在の鳥/聖
「織桑鳥」―桑を織る鳥と書いてフェニックスと読ませる、この語は、中村の造語です。「採桑老」や「死を悼みて」などの連作において、死に対峙する絵画についての考察を深めた中村は、死と再生を暗示するこの主題を取り上げます。そしてこのテーマは、2000年代半ば頃から、「存在の鳥」に移行します。
 「《存在の鳥》とは、あらゆる存在の飛翔についての絵画である。存在は飛翔しなければならず、飛翔し得るもののみが存在である」(中村一美)。テロや戦争、災害が相次ぐ世界とその悲惨に対して、絵画を描くことの意味を模索していた中村が到達したのは、鳥としての絵画でした。「存在の鳥」は、300点を超え、これまでで最大の連作となっています。朝鮮の民画、始祖鳥の化石、鳥の象形文字などの鳥の原型的なイメージを参照したいくつかのパターンに基づき、その中で様々なタイプの絵画が実現されています。中村が語る存在=鳥とは、まさに絵画そのものをも意味しているのではないでしょうか。
 2013年に初めて発表された「聖」は、もっとも新しい連作です。中村の作品のなかで、これまでも折に触れて取り上げられてきた仏教的な聖性のイメージが、「存在の鳥」を経て、形象的なマトリックスとして現れているのを見てとることができるでしょう。




関連イべント

アーティスト・トーク
「私の絵画について」 (聞き手:南雄介)

4月26日(土) 14:00〜16:00(13:30開場)
国立新美術館 3階講堂
先着260名(事前申込不要)
聴講は無料ですが、本展の観覧券(半券可)が必要です。

アーティスト・ワークショップ
「鳥ならざる鳥を描く −逆から思考する、絵画−」

5月10日(土) 11:00〜16:30 
国立新美術館 別館3階多目的ルーム
対象:一般(小学校高学年以上)
定員:20名
参加費:500円
要事前申込み